2026年度診療報酬改定が告げる薬局への「最後通告」―薬局DXの必須化は2026年度改定で具体的な期限として刻まれた
2026年度診療報酬改定は、薬局業界に対する厚生労働省からの明確な宣戦布告だった。賃上げと物価高騰への時限的対応、医療DXの必須インフラ化、そして立地依存型ビジネスモデルへの容赦ない減算強化。本改定が示すのは「対物から対人へ」という掛け声の終わり、そして「デジタル基盤を前提とした臨床価値の提供」という新時代の幕開けである。制度の隙間を突く経営から脱却できない薬局に、もはや生存の余地はない。
賃上げ財源の「時間差トリック」:令和9年までの効率化レースが始まった
今改定で新設された「調剤ベースアップ評価料」と「調剤物価対応料」は、一見すると人件費高騰と物価上昇への救済措置に見える。しかし、その本質は異なる。これらの評価料は令和9年6月以降に所定点数の200%へと段階的に引き上げられる設計だ。
この3年間の猶予期間は、厚労省が薬局に突きつけた「効率化テスト」である。満額算定を待つのではなく、この期間中にDXによる業務効率化とコスト削減を達成した薬局だけが、令和9年以降の恩恵を最大化できる。逆に言えば、旧態依然としたアナログ業務を続ける薬局は、人件費上昇に耐えきれず淘汰される運命にある。
さらに重要なのは、これらの評価料算定には薬剤師や事務職員への確実な処遇改善が施設基準として求められている点だ。単なる収益増を期待する経営者に対し、制度は「人的資本への投資」を義務づけている。
医療DXは「あれば便利」から「なければ算定不可」へ
2024年度改定で予告されていた医療DXの必須化は、2026年度改定で具体的な期限として刻まれた。これは経営上の「余命宣告」に等しい。
二つの致命的デッドライン
医療DX推進体制整備加算の要件として、以下の経過措置期限が設定された。
・電子処方箋システム:令和8年9月30日まで
・電子カルテ情報共有サービス:令和9年5月31日まで
この期限を過ぎれば、加算の算定は不可能になる。重要なのは、これが単なる加算喪失では済まない点だ。電子処方箋に対応できない薬局は、リアルタイムの重複投薬チェックを実施できず、新設の「薬学的有害事象防止加算」の算定根拠を失う。電子カルテ情報共有サービスに参加できない薬局は、地域医療連携から構造的に孤立する。
患者のマイナ保険証利用が突きつける現実
マイナ保険証の普及に伴い、患者は自身の薬剤情報や診療情報をリアルタイムで把握できるようになった。電子カルテ共有に参加していない薬局は、患者が持つ情報すら閲覧できず、「情報弱者としての薬局」という屈辱的立場に追い込まれる。
患者の視点から見れば、電子処方箋に対応していない薬局は「時代遅れの不便な場所」でしかない。利便性の差は、そのまま患者の選別行動につながる。
DX投資は「オプション」ではなく「生存維持費」
経営者がDX対応を「投資対効果を検討すべき案件」として扱っている時点で、認識が致命的に遅れている。電子処方箋と電子カルテ共有は、もはや電気や水道と同じ「なければ営業できないインフラ」である。
令和8年9月と令和9年5月というデッドラインまでに対応を完了できない薬局は、地域連携から脱落し、患者から選ばれず、加算を失い、収益基盤を喪失する。この連鎖は不可逆である。
メディカルモール型薬局への死刑宣告
調剤基本料の再編は、特定医療機関への依存度が高い門前薬局とメディカルモール型薬局に対する容赦ない攻撃である。
最も深刻なのは「メディカルモール」の定義変更だ。同一建物内または同一敷地内に複数の医療機関が存在する場合、それらを「一つの医療機関」とみなして集中率を計算する規定が強化された。従来は複数のクリニックから処方箋を受けることで集中率を分散させ、調剤基本料1を維持していたモール型薬局が、一夜にして基本料2へと転落するリスクに直面している。
| 区分 |
主な要件 |
戦略的意図 |
| 調剤基本料2 |
集中率85〜95%、受付回数1,800〜2,000回等の条件拡大 |
特定医療機関依存の都市部門前薬局への牽制 |
| 調剤基本料3 |
同一グループ店舗数300以上の場合の区分徹底 |
大規模チェーンの規模の経済に対する適正化 |
| 特別調剤基本料A |
敷地内薬局等に対する減算規定の強化 |
医療機関との過度な関係性への否定的評価 |
立地による収益確保という「不労所得モデル」は、制度的に否定された。薬局が目指すべきは、地域社会における対人業務の高度化を通じた真の価値創出である。
調剤管理料の分割が示す「長期処方」戦略の重要性
対人業務の高度化を評価する施策として、調剤管理料の再編は極めて戦略的である。処方期間が「28日以上」か「27日以下」かで評価が分割され、それぞれの管理能力が問われる仕組みとなった。
長期処方患者への継続的関与と、短期間処方の急性期対応は、求められる薬剤師の能力が本質的に異なる。収益予測においては、自局の処方箋トレンドの精緻な分析が不可欠だ。特に慢性疾患患者を多く抱える薬局にとって、28日以上の長期処方管理能力の向上は、地域支援体制加算の算定要件とも連動する重要な経営指標となる。
同時に導入された長期収載品の選定療養制度は、薬剤師に新たな役割を課した。患者が後発品ではなく先発品を希望した場合、差額の一部を患者負担とする本制度において、薬剤師には臨床的説明に加え、患者の経済的負担に関するコンサルティング能力が求められる。
物理的・人的要件が定義する「質の保証」
令和8年6月以降に新設、移転、または大規模増改築を行う薬局には、16平方メートル以上の調剤室が求められる。在宅業務等の作業スペース確保を「質の保証」として物理的に定義した本要件は、薬局の役割拡大を前提とした設計である。
同時に、常勤薬剤師の定義が週32時間から31時間へと見直された。これは多様な働き方の許容を意味し、育児中の薬剤師や専門薬剤師を柔軟なシフトで確保できる「ヒューマンキャピタル経営」の可能性を開く。人材確保難の時代において、この1時間の差は戦略的に極めて重要である。
単品単価交渉への強制転換:商慣行破壊が生む卸との新関係
地域支援機能の評価において、最も革命的な変更は「後発医薬品調剤体制加算」の廃止と、「地域支援・医薬品供給協力体制加算」への統合である。そして、その算定要件に明記された一文が、薬局と卸の関係を根底から変える。
「卸との価格交渉は原則単品単価交渉」の衝撃
従来、薬局は総価取引(一括値引き)によるバイイングパワーを行使し、卸から有利な条件を引き出してきた。しかし新加算の施設基準は、各品目の価値と供給安定性を基準とした単品単価交渉を原則とすることを明文化した。
これは商慣行の強制的な破壊である。総価取引による「値引き合戦」から、個別医薬品の供給責任と安定性を軸とした「パートナーシップ構築」へと、交渉の本質が転換される。
備蓄責任という新たな義務
新加算の算定には、重要供給確保医薬品の1か月分程度の備蓄、そして地域薬局間での分割譲渡実績が厳格に問われる。医薬品不足が常態化する中、薬局は「在庫を持たずに回転率を上げる」という従来の効率化戦略を捨て、「地域の供給拠点として在庫を保持する」責任主体へと変容を迫られる。
価格交渉軸の転換が生む競争優位
単品単価交渉への移行は、一見すると薬局にとって不利に見える。しかし戦略的に捉えれば、これは卸との関係性を「値引き要求者と供給者」から「地域医療の共同責任者」へと格上げする機会である。
安定供給に責任を持ち、適切な在庫を維持し、地域薬局間で医薬品を融通し合える体制を構築した薬局は、卸から「優良パートナー」として優先供給を受けられる。医薬品不足時代において、この優先度は決定的な競争優位となる。
生き残るための不可逆的選択
2026年度診療報酬改定が突きつけたのは、薬局業界の不可逆的転換点である。次世代薬局として生き残るため、経営者は以下の2つの領域で即座に行動を起こさなければならない。
1. 令和9年を見据えた効率化と投資の断行
ベースアップ評価料の段階的引き上げを活用しつつ、令和9年の満額算定までに電子処方箋、情報共有基盤を完備し、人的資本の質を最大化せよ。
2. 立地リスクをヘッジするかかりつけ機能の深化
基本料減算を補って余りある地域支援体制加算の算定を目指し、28日以上の長期処方管理、バイオシミラー使用促進、吸入指導など専門性を武器にした地域貢献を確立せよ。
2026年度診療報酬改定は、薬局業界における「機能分化の最終通告」である。2024年度改定で警告された方向性は、もはや選択の余地なき必須条件へと昇華した。
薬局が「地域医療の担い手」として認められるか、「淘汰対象」として排除されるかを決定する、言わば「審判の日」とも言える。
本改定を「単なる点数の書き換え」と看過する薬局は、令和9年夏の報酬倍増という果実を享受する前に、市場から退場を迫られる。逆に、この転換期に医療DX基盤、物理的スペック、商慣行の適正化、そして人材体制を完成させた薬局こそが、地域包括ケアシステムにおける真の勝者となる。
猶予期間は終わった。残されたのは、実行のみである。DXを翼とし、16平米の調剤室を拠点とし、単品単価交渉による供給責任を果たす薬局だけが、次の10年を生き抜く資格を持つ。選別は既に始まっている。
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