構造的課題としての診療報酬制度
現行の診療報酬制度が抱える根本的問題は、2年に1度の改定サイクルでは急激な物価変動に対応できないことである。これまで日本は長期にわたりデフレ基調が続いていたため、この硬直性が顕在化することは少なかった。しかし、グローバルなインフレ圧力と円安の影響により、医療機関の経営環境は劇的に変化している。
特に注目すべきは、医療の質を維持しながら経営の持続可能性を確保するという、二律背反ともいえる課題である。世田谷北部病院が年間約3,000件の救急搬送を受け入れながらも「利益が多く出る経営は構造的に難しい」と述べている点は、地域医療を支える中核病院の置かれた厳しい現実を象徴している。
患者負担増という従来論理の限界
診療報酬改定において常に議論となるのが、報酬増額に伴う患者の自己負担増加である。確かに3割負担の患者にとって、診療報酬1割増は直接的に3%の負担増につながる。しかし、この視点だけで今回の改定を論じることは適切ではない。
現在の経済環境を考慮すれば、多くの業界で賃金上昇が実現している中、医療サービスの価格だけが据え置かれることの方が異常である。むしろ、医療機関の経営基盤を強化し、医療従事者の処遇改善を通じて医療の質向上を図ることが、長期的には患者利益にも合致する。
テクノロジー活用による効率化の必要性
この危機を乗り越えるためには、診療報酬改定だけでなく、医療テクノロジーの積極的な活用による業務効率化が不可欠である。AI診断支援システム、電子カルテの高度化、遠隔診療の拡充など、デジタル変革により医療の生産性向上を図ることで、コスト増を吸収しつつサービス品質を維持することが可能となる。
また、DXによる業務プロセス改善は、医療従事者の働き方改革にも直結する。人材不足が深刻化する中、テクノロジーを活用した効率化は医療機関の持続可能性を高める重要な戦略となる。
求められる長期的視点
今回の診療報酬改定議論では、短期的な負担調整にとどまらず、日本の医療制度全体の将来像を描く必要がある。超高齢社会の進展、医療技術の高度化、そして今回顕在化した経済環境の変化—これらすべてを踏まえた制度設計が求められている。
医療は国民生活の基盤であり、社会保障制度の中核である。その持続可能性を確保するためには、適切な投資と効率化のバランスが重要となる。今こそ、医療界全体が一丸となって、新たな時代に相応しい医療システムの構築に取り組むべき時である。
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