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薬局DXニュース解説

2026.01.06

訪問看護ステーションへの輸液配備解禁ー薬剤師会の「リスク論」が阻む在宅医療DXの本質的課題

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厚労省通知により訪問看護ステーションでの輸液配備が可能になった。しかし解熱鎮痛剤などの頻用薬は依然として配備不可のまま。日本薬剤師会が主張する「看護師によるピッキングリスク」論は、病棟ストック薬の実態と矛盾し、24時間対応体制の不在という本質的課題から目を逸らしている。在宅医療における薬剤アクセス改善には、リスク管理の再定義とICT活用による新たなソリューションが求められる。

訪問看護ステーションへの輸液配備解禁の意義
厚生労働省は2025年12月、訪問看護ステーションにおける輸液の配備を認める通知を発出した。これまで在宅で点滴が必要な患者に対応する際、訪問看護師が医療機関まで輸液を取りに行くという非効率な運用が全国各地で常態化していた。中には片道1時間以上かけて輸液を受け取りに行く地域も存在し、患者は半日以上待たされるか、週末であれば対応できずに救急搬送されるケースすらあった。
規制改革推進会議での議論を経て実現した今回の措置は、訪問看護師の業務効率化と患者の医療アクセス改善において一定の前進といえる。訪問看護ステーションが医薬品卸から直接輸液を購入できるようになったことで、緊急時の対応力が向上する可能性がある。

薬剤師会の「リスク論」が示す論理矛盾
しかし今回の改革には重大な限界がある。解熱鎮痛剤や外用薬といった使用頻度の高い薬剤については配備が認められなかった。日本薬剤師会は「看護師によるピッキングはリスクが高い」という理由でこれに反対したが、この主張には看過できない論理矛盾が存在する。
第一に、病棟におけるストック薬は日常的に看護師がピッキングしている。医療機関内であれば許容されるリスクが、訪問看護ステーションでは許容できないという線引きに合理的根拠はない。医師の指示に基づく投薬という点では両者に本質的な違いはなく、むしろ訪問看護の現場では医師や薬剤師との連携体制が明確に構築されている場合が多い。
第二に、アセトアミノフェンのような頻用薬であっても配備不可とする判断は、リスクとベネフィットのバランスを欠いている。高齢者や小児が深夜に高熱を出した際、翌朝まで解熱剤が入手できないことのリスクと、適切な指示体制下での看護師によるピッキングのリスクを比較すれば、後者のほうが明らかに管理可能である。
第三に、24時間対応できない薬局体制の不備を棚上げし、「リスク」を理由に代替手段を封じる姿勢は、患者本位の医療提供とは言い難い。「家族が薬局を探して市販薬を買えばいい」という趣旨の発言が議論の場で出たこと自体、在宅医療の実態認識の欠如を示している。

薬局・薬剤師の役割再定義が必要な理由
この問題の本質は、薬剤師会が「リスク」という言葉で守ろうとしているものが何かという点にある。職能の独占性を維持することと、患者の医療アクセスを改善することが対立する構図において、前者を優先する姿勢は専門職としての社会的責任の観点から疑問符がつく。
全国には24時間対応可能な在宅医療機関や薬局が存在しない地域が依然として多い。薬剤師不足という現実的制約がある中で、すべての地域で24時間薬局対応を実現することは非現実的である。であれば、医師の指示体制と事後検証の仕組みを整備した上で、訪問看護師が一定の薬剤をピッキングできる体制を構築することが合理的解決策となる。

ICTと医療DXによる解決の可能性
ここで注目すべきは、ICTや医療DXの活用により、薬剤師会が懸念する「リスク」を大幅に低減できる可能性である。具体的には以下のような仕組みが考えられる。

電子処方箋システムとの連携
訪問看護ステーションに配備された薬剤のピッキング時に、電子処方箋システムと連動したバーコード照合を義務化することで、取り違えリスクを最小化できる。これは病院の自動調剤システムと同等の安全性を担保する。
リアルタイム服薬指導の実現
5Gやビデオ通話技術を活用し、訪問看護師が薬剤を投与する際に薬剤師がリモートで服薬指導や投薬確認を行う体制を構築できる。物理的距離の制約を超えて薬剤師の専門性を発揮する新たなモデルである。
投薬履歴のブロックチェーン管理
訪問看護ステーションでの薬剤使用履歴をブロックチェーン技術で改ざん不可能な形で記録し、医師・薬剤師・看護師間で共有することで、事後検証と継続的な安全性向上が可能になる。
AIによる薬剤相互作用チェック
配備薬剤の選択時や投薬時に、患者の服薬履歴とAIによる相互作用チェックを自動実行することで、薬剤師の専門知識を補完できる。

こうした技術活用により、「薬剤師が物理的にその場にいること」を安全性の必要条件とする従来の発想から脱却できる。むしろ薬剤師の役割は、ICTを介した遠隔での専門的判断や、システム全体の安全性設計・監督といった、より高度な領域にシフトすべきである。

薬局ビジネスモデルの転換点
今回の議論は、薬局・薬剤師のビジネスモデルと職能定義が転換期にあることを示唆している。対物業務中心の従来型薬局経営では、調剤行為そのものが収益源であり、その独占性維持が経営安定の前提となる。しかしこのモデルは、少子高齢化と医療費抑制圧力の中で持続可能性を失いつつある。
今後求められるのは、対人業務を中心とした付加価値の提供である。具体的には、在宅患者のポリファーマシー解消、残薬管理、服薬アドヒアランス向上支援、医師への処方提案といった、薬剤師の専門性が真に発揮される領域への注力である。
訪問看護ステーションへの薬剤配備を「薬剤師の仕事を奪うもの」と捉えるのではなく、「薬剤師がより専門的業務に集中できる環境整備」と位置づける発想の転換が必要である。ICTを活用した遠隔服薬指導や、複数の訪問看護ステーションを薬剤師が効率的にサポートする体制を構築すれば、薬剤師不足地域でも質の高い薬学的管理が可能になる。

今後の展望ー段階的拡大と実証の重要性
今回の輸液配備解禁は第一歩に過ぎない。現場の実情に応じて配備可能薬剤の範囲を段階的に拡大していく必要がある。その際重要なのは、実証データに基づく科学的な議論である。
訪問看護ステーションでの薬剤配備・使用に関する安全性データを体系的に収集し、インシデント発生率、患者アウトカム、看護師の業務効率化効果などを定量的に評価すべきである。日本訪問看護財団や研究機関と連携した前向き研究により、「リスク」の実態を可視化することが、建設的な政策議論の基盤となる。
また諸外国の事例研究も有益である。訪問看護師の薬剤管理権限は国によって大きく異なり、より広範な権限を認めている国の安全性データは、日本の議論に重要な示唆を与える。
患者中心の医療システム再構築へ
訪問看護ステーションへの輸液配備解禁は、在宅医療における薬剤アクセス改善の端緒である。しかし日本薬剤師会の「リスク論」に象徴される職能団体の保守的姿勢は、患者利益の最大化という医療の本質的目的を見失わせる危険性を孕んでいる。
真に問われているのは、リスクをゼロにすることではなく、リスクを適切に管理しながらベネフィットを最大化する体制をいかに構築するかである。ICTや医療DXの活用により、従来の物理的制約を超えた新たな安全管理モデルが実現可能になっている今、薬局・薬剤師には旧来の枠組みに固執するのではなく、変化を主導する姿勢が求められる。
患者が真に必要とする場所とタイミングで適切な薬物療法を受けられる社会の実現に向けて、すべての医療専門職が協働する体制づくりが急務である。
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