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薬局DXニュース解説

2024.08.30

スギ薬局での調剤過誤事故 − 業界全体で再発防止策を

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東京都内のスギ薬局で2021年に発生した重大な調剤過誤事故が、薬局業界に衝撃を与えている。74歳の女性患者が誤って渡された糖尿病薬を服用し死亡したこの事故は、慢性的な人手不足や効率重視の組織文化など、業界が抱える構造的問題を浮き彫りにした。遺族による損害賠償訴訟が提起される中、薬剤師らからは「明日は我が身」との声が上がり、安全性と効率性のバランスを見直す必要性が叫ばれている。本稿では事故の詳細と業界の反応、そして再発防止に向けた課題を探る。

事故の概要

2021年10月、東京都杉並区のスギ薬局高井戸店で重大な調剤過誤事故が発生した。74歳の女性患者が訪問診療で持病の薬を処方され、同薬局で調剤を受けた際に、誤って別の患者向けの血糖値を下げる糖尿病薬も一緒に渡されてしまった。

訴状によれば、この過誤の主な原因は、薬剤師が薬を個別に仕分ける「分包機」の不適切な管理にあったとされている。分包機には前の患者の薬が残っていたにもかかわらず、薬剤師がそれに気づかず、新しい患者の薬と一緒に包装してしまったのである。さらに、薬を個別に包装した後のチェック体制にも不備があったと指摘されている。

患者は誤って渡された薬を約1か月間服用し続けた結果、意識不明となった。その後、2022年5月に心不全で死亡した。医療機関での診断によると、心不全の原因は低血糖後脳症であったとされている。

この事故を受けて、遺族は2023年8月28日、スギ薬局や担当薬剤師らに対し、総額約3800万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。提訴後の記者会見で、亡くなった女性の長男は「二度と同じことが起きないよう対策を講じてほしい」と述べ、再発防止を強く訴えた。

一方、スギ薬局側は調剤過誤の事実は認めているものの、服用と死亡との因果関係については争点となっている。同社は「訴訟には誠実に対応する。調剤過誤を発生させることのないよう再発防止に取り組む」とコメントしている。

この事故は、分包機の管理や薬剤の最終チェック体制の重要性を改めて浮き彫りにし、薬局業界全体に衝撃を与えた。特に、慢性的な人手不足や時間的プレッシャーがある中で、いかに確実な調剤業務を行うかという課題に、業界を挙げて取り組む必要性を強く示唆している。

調剤過誤の背景

以下に述べる背景要因は、本事故の直接的な原因として確認されたものではありませんが、薬局業界の一般的な状況からの筆者の推測です。複合的な要因が積み重なって発生した可能性が高いでしょう。

慢性的な人手不足
薬局業界では長年にわたり人手不足が指摘されている。この状況下では、薬剤師一人あたりの業務負担が増大し、ストレスや疲労が蓄積しやすい環境に置かれる可能性があります。

時間的プレッシャー
多くの薬局では、患者の待ち時間短縮のため、薬剤師が時間に追われる状況にあることが知られている。このような急かされる現場環境が、ミスを誘発する一因となる可能性も考えられます。

監査体制の不備
調剤と監査のダブルチェックが適切に機能していたかどうかも重要な点となります。そもそも、錠数も2.5Tが正しいのに、2錠多い4.5Tで分包されていたのであれば、専門的な知識が無い人でも気づくレベルです。人手不足や時間的制約により、この体制が崩れていた可能性もあるでしょう。

分包機の管理不備
遺族側の主張によると、薬剤師が分包機に別の患者の薬が残っていることに気づかなかったとされている。これは、機器の適切な管理や使用前後のチェックが不十分だった可能性を示唆している。

「明日は我が身・・」業界の反応

本事故を受けて、薬剤師の間では「明日は我が身」という声が上がっている。SNS上では、「ミスはミスとしてそれは責められても仕方ないが、あのレベルで間違える事なんてありえない、なんて言えない。何万分の一の可能性で間違えるかもしれない」という投稿が見られ、人手不足の中で急かされる現場環境において、完全にミスを防ぐことの難しさが指摘されている。

また、業界内では以前から時間短縮の圧力により、調剤後の監査が疎かになっている可能性が懸念されていた。この事故を機に、そうした懸念が現実のものとなった可能性について議論が活発化している。「調剤と監査のダブルチェックが働いていたか?」という点が重要な焦点となっており、人手不足や時間的制約が適切な監査体制の維持を困難にしている可能性が指摘されている。

さらに、SNS上での薬剤師の声からは、業界内に存在する深刻な問題が浮き彫りになっている。

1.効率重視の組織文化
「全刻印全確認する薬剤師はくっそ遅い上に結局仕事ができない人が多いですね。大事なのは工夫と要領です」
という声に代表されるように、丁寧な調剤・監査よりも処理速度を重視する風潮が存在している。この組織的な価値観が、安全性よりも効率性を優先させる結果につながっている可能性がある。

2.簡略化された確認プロセス
「最初の刻印見てあとは錠剤の種類が似てなければ錠数だけ数えます。例えば青、黄色、赤の錠剤であればその組み合わせかどうかだけ確認します。」
というコメントは、時間短縮のために採用されている簡略化された確認方法を示している。これらの方法は効率的である一方、重大なミスを見逃すリスクを内包している。

3.機械依存の監査
「監査は機械に任せます。」
という声もあり、人による確認を機械に代替させる傾向が強まっていることがうかがえる。しかし、機械による監査にも限界があり、万が一の事故の際の責任は、機械ではなく人間の薬剤師が責任を問われることを忘れるべきではない。

これらの声は、数をこなす薬剤師が組織内で高く評価される一方、丁寧に監査を行う薬剤師が「遅い」「仕事ができない」と見なされがちな風潮を示唆している。この価値観の偏りが、安全性を犠牲にして効率性を追求する組織文化を生み出している可能性がある。

業界全体としては、この事故を契機に、安全性と効率性のバランスを再考し、より確実な調剤プロセスの確立を求める声が高まっている。同時に、丁寧な監査を適切に評価し、安全性を最優先する組織文化への転換が必要だという認識も広がりつつある。

再発防止策

本事故は、薬局業界全体に対する重大な警鐘である。人為的ミスを完全になくすことは難しいが、そのリスクを最小限に抑えるための努力を継続しなければならない。薬剤師一人ひとりが、患者の生命を預かる責任の重さを再認識し、安全な医療の提供に尽力することが求められている。

スギ薬局側は調剤過誤の事実は認めているものの、服用と死亡との因果関係については争点となっている。ただ、医学的に言えば低血糖は高血糖に比べ、生命に危険を及ぼす可能性が高い。本件では、誤って投与された血糖降下薬を服用し続けた事で低血糖状態が維持され、低血糖後脳症を経て心不全に至ったと考えられる。
今後の訴訟の行方が注目される中、業界全体としての再発防止策の実施が急務となっている。
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