インフレと賃上げがもたらす歴史的改定率
政府と厚生労働省が、来年度の診療報酬改定で医師の技術料や人件費にあたる本体部分を前回2024年度の0.88%を超える引き上げ幅とする方向で調整に入った。関係者への取材で明らかになったもので、1%を超えれば2012年度以来14年ぶりの大幅改定となる。
2025年度補正予算には、インフレ対応補助金として3,805億円、賃上げ支援として1,536億円が計上された。しかし財務省は、賃上げ支援分を2026年度改定の前倒しとみなして改定率から差し引く構えを見せており、厚生労働省との間で着地点は見えていない。診療報酬の1%引き上げは、保険料総額を年間約2,500億円押し上げる。人口減少と高齢化が進むなか、現役世代の負担増を避けつつ医療機関の経営を支えるバランスが問われている。
薬局・薬剤師に求められる3つの転換点
2026年度改定は、薬局と薬剤師にとって大きな転換期となる。中央社会保険医療協議会(中医協)での議論や、2025年12月9日に発表された基本方針から浮かび上がるのは、次の3つの評価軸の転換だ。
1. かかりつけ機能の「体制」から「実績」へ
地域支援体制加算の算定薬局は近年大幅に増加した。2024年度実績では、加算3が4,190件、加算4が2,745件と着実に拡大している。しかし厚生労働省は、「加算2を目指さず加算1にとどまる薬局が多い」と指摘しており、今後は要件の厳格化と点数差の拡大が予想される。
中医協総会では、「地域支援体制加算を取得していない薬局のなかには、医薬品やOTC品の備蓄が極端に少ないところがある」との支払側委員からの指摘も出ている。加算の有無にかかわらず、地域の医薬品供給拠点としての機能が求められるなか、単に体制を整えるだけでなく、実際にどれだけかかりつけ患者を獲得し、在宅医療や服薬フォローを実施したかが問われることになる。
2. 後発医薬品評価の「使用促進」から「安定供給」へ
後発医薬品調剤体制加算は、2024年9月時点で後発品使用割合が85%に達し、その役割をほぼ終えたとみられている。2024年10月には長期収載品の選定療養制度が導入され、後発品への移行がさらに進展した。
今後は加算の名称を「後発医薬品安定供給体制加算」などに変更し、点数を減算したうえで調剤基本料や地域支援体制加算に組み込む可能性が検討されている。薬局に求められるのは、単なる後発品への切り替えではなく、供給不安定時の患者対応、医師との連携による医薬品変更の適切な説明といった、地域の医薬品供給を維持するための総合的な機能だ。
3. 医療DXの「導入」から「活用」へ
医療DX推進体制整備加算は、2024年度改定で新設された。当初は体制整備の評価にとどまっていたが、2025年4月以降、電子処方箋の導入状況やマイナ保険証の利用率によって点数が細分化された。
2025年10月からはマイナ保険証利用率の基準がさらに引き上げられ、2026年3月には一段と高いハードルが設定される。電子カルテ情報共有サービスへの参加も要件となっており、経過措置は2026年5月31日まで延長されたものの、薬局は早急な対応が必要だ。
重要なのは、これらのシステムを「導入すること」ではなく、「活用して患者の治療に役立てること」である。日本保険薬局協会の「医療DX活用による薬物治療の質向上に向けたアクション」では、マイナ保険証利用の拡大、服薬情報の一元管理、そして情報を活用した服薬指導の実施が示されている。マイナ保険証の利用を呼びかけることが目的ではなく、得られた診療情報や薬剤情報を薬学的評価に活用し、重複投薬の回避や副作用の早期発見につなげることが本質だ。
医療DXが薬剤師業務を変える
医療DXは、薬剤師の業務を根本から変える可能性を秘めている。電子処方箋の導入により、処方情報が瞬時に薬局へ伝達され、リアルタイムでの重複投薬チェックが可能になる。オンライン資格確認システムを通じて取得できる過去の薬剤情報や診療情報は、薬学的評価の精度を大きく高める。
在宅医療の現場では、在宅医療DX情報活用加算が新設された。居宅同意取得型のオンライン資格確認等システムを活用し、患者の診療情報や薬剤情報を踏まえた計画的な医学管理のもとで訪問診療を行う場合に、月1回に限り8点が算定できる。訪問看護や在宅医療において、複数の医療専門職が患者情報を共有しながら一体的にケアを提供する体制が、診療報酬で評価されるようになった。
ただし、医療DXの導入には相応のコストがかかる。初期投資やランニングコストが高く、補助金だけでは賄いきれないため、診療報酬でどこまで後押しできるかが注目される。システム事業者の工数が埋まる前に、早めに準備を進めることが望ましい。
対人業務の評価強化と連携の重要性
2026年度改定の基本方針では、「薬局・薬剤師業務の対人業務の充実化」が明記されている。日本保険薬局協会は、かかりつけ薬剤師指導料や服用薬剤調整支援料など、対人業務にかかわる点数の評価強化を求めている。
しかし中医協では、服用情報等提供料(薬局から医療機関への情報提供を評価する報酬)の算定が伸び悩んでいることも指摘された。医療安全確保のために、薬局から医療機関への積極的な情報提供が求められる。電子処方箋やオンライン資格確認システムといったICT基盤を活用しつつ、医師・病院薬剤師との協働による医薬品の適正使用を推進することが、今後の薬剤師の役割として期待されている。
今から備えるべき実践的アクション
2026年度改定は、「体制から実績へ」という評価軸の転換が大きな特徴となる。薬局が今から取り組むべきことは明確だ。
第一に、かかりつけ患者の獲得と服薬フォローの実績づくりである。地域支援体制加算の要件強化に備え、夜間・休日対応の実績、在宅訪問の実績、医療機関等への情報提供の実績を着実に積み上げることが重要だ。
第二に、医療DXへの早期対応である。マイナ保険証利用率の段階的引き上げに備え、患者への丁寧な説明と利用促進に取り組む必要がある。電子カルテ情報共有サービスへの参加準備も、システム事業者と連携しながら進めるべきだ。
第三に、医療機関との連携強化である。電子処方箋を活用した重複投薬チェックや残薬対策、長期処方の適正化など、医師と薬剤師が協働して取り組む体制を構築することが求められる。服用情報等提供料の算定も含め、薬局から医療機関への積極的な情報発信を心がけたい。
医療費抑制と質の向上を両立する難題
今回の改定を巡る議論では、医療提供側と支払側の見解が大きく分かれている。診療側委員は「病院をはじめ医療機関経営が非常に厳しく、十分な原資が必要」と訴え、大幅なプラス改定を求めている。一方、支払側委員は「基準の厳格化や点数の適正化も重要な評価ツール」として慎重な姿勢を示す。
高齢化が進み、医療費は今後も増大する見通しだ。野放図な診療報酬の引き上げは、現役世代の保険料負担を増やし、経済全体の重荷となりかねない。限られた医療資源を効率的に配分し、質の高い医療を維持するためには、メリハリのある報酬設定が不可欠だ。
都市部と地方、大病院と診療所、黒字施設と赤字施設――医療機関の状況は多様であり、一律の引き上げでは必要なところに資源が届かない恐れがある。的を絞った報酬引き上げと、実績に基づく評価が求められている。
2026年度診療報酬改定は、インフレと賃上げへの対応という短期的課題と、医療DXや地域医療構想といった中長期的な構造改革を同時に進める、歴史的な改定となる。薬局と薬剤師にとっては、「体制評価」から「実績評価」への転換が大きな節目だ。
単に加算を取得するための体制を整えるだけでなく、実際にかかりつけ患者を増やし、在宅医療を担い、医療機関と連携しながら地域の医薬品供給拠点としての役割を果たすことが問われる。医療DXの基盤を活用しつつ、対人業務の質を高め、患者の健康に真に貢献する薬剤師像が求められている。
改定の詳細が明らかになるのは2026年2月以降だが、準備は今から始めなければならない。実績は一朝一夕には積み上がらない。2026年度改定を乗り越え、持続可能な薬局経営と質の高い薬剤師業務を実現するためには、今この瞬間からの行動が決定的に重要だ。
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