厚生労働省が科学的根拠に乏しい「低価値医療」の削減に本腰を入れる。2028年度の診療報酬改定では該当する治療や検査を実施しにくくする方向で要件を見直すほか、都道府県の医療費適正化計画にも削減目標の設定を求める方針だ。筑波大学の研究チームによれば、国内では低価値医療に年間1000億円以上の医療費が投じられているとされ、医療経済的な観点からも看過できない状況にある。
低価値医療(Low-Value Care)とは?
科学的に効果が乏しいと判断される治療薬、検査、手術などを指す。単に医療費の無駄遣いというだけでなく、患者に不必要な副作用リスクをもたらす可能性があることが問題視されている。代表的な例として、ウイルス性の風邪や下痢に対する抗菌薬の使用、腰痛に対する一部鎮痛薬の投与などが挙げられる。これらは長年の慣習や診療指針の拡大解釈により広く行われてきた経緯がある。
今後、厚労省は効果が乏しいと考えられる医療行為を関係学会などから公募し、中央社会保険医療協議会で公的医療保険の対象としての妥当性を検討する。国内外の研究結果や診療指針を参考に、効果が乏しいと確認されたものについては診療報酬上の要件厳格化や保険適用除外を進める構えだ。
都道府県の医療費適正化計画においても、低価値医療の実施状況や費用を推計し削減目標を設定することが求められる。他県との比較を可視化することで医療機関や患者への意識啓発を図る狙いがある。社会保障審議会医療保険部会では、医療費増大を背景に低価値医療を公的保険から外すべきだという意見も出ていた。
薬局薬剤師に求められる実践的対応
この政策動向は、薬局薬剤師の業務に直接的な影響を及ぼす。特に抗菌薬の不適切使用は薬剤師が日常的に直面する課題であり、今後さらに厳格な対応が求められることになる。
処方箋応需時には、抗菌薬が処方された場合の適応判断がより重要になる。ウイルス性上気道炎が疑われる症状に対して抗菌薬が処方されている場合、積極的な疑義照会が必要だ。患者の症状経過、体温推移、鼻汁や痰の性状などを詳細に聴取し、細菌感染の可能性を評価する姿勢が求められる。
腰痛治療薬についても注意が必要である。非ステロイド性抗炎症薬の長期使用は消化管障害や腎機能への影響が懸念される一方、エビデンスが限定的な状況での使用は低価値医療と判断される可能性がある。処方医への代替案の提案や、理学療法を含めた多角的なアプローチの必要性を説明することも薬剤師の役割となる。
かかりつけ薬剤師としての患者教育
患者に対しては、抗菌薬の適正使用に関する啓発が重要だ。風邪症状で抗菌薬を希望する患者には、ウイルス感染に抗菌薬は効果がないこと、不要な使用が薬剤耐性菌を生み出すリスクがあることを丁寧に説明する必要がある。受診時に抗菌薬を求めないよう事前に助言することも、かかりつけ薬剤師の重要な機能である。
一般用医薬品の販売においても、低価値医療の概念は応用できる。症状に対して不要な成分を含む製品の推奨を避け、科学的根拠に基づいた最適な選択肢を提案することが求められる。
地域医療における薬剤師の貢献
地域の医療機関との連携においては、薬剤師から医師への処方フィードバックがより重要性を増す。トレーシングレポートや服薬情報提供書を活用し、低価値医療と思われる処方について建設的な情報共有を行うことで、地域全体の処方の質向上に貢献できる。
都道府県が医療費適正化計画で低価値医療の削減目標を設定する際には、薬局からのデータ提供も有用となる可能性がある。レセプトデータの分析を通じて地域の処方傾向を把握し、改善の余地がある領域を特定することは、薬剤師会などの組織的な取り組みとして価値がある。
慎重さも必要な視点
一方で、筑波大学の宮脇准教授が指摘するように、代替療法がなく当該治療に頼らざるを得ない患者が存在する場合もあり、削減の検討は慎重に進める必要がある。薬剤師は個々の患者の状況を総合的に評価し、画一的な判断を避ける姿勢も重要だ。
低価値医療の削減は、単なる医療費抑制策ではなく、患者に真に必要で効果的な医療を提供するための取り組みである。薬剤師には科学的根拠に基づいた判断力、医師への適切な提案力、患者への説明力が今まで以上に求められることになる。2028年度の診療報酬改定に向けて、今から専門知識のアップデートと実践的なスキルの向上に取り組むことが、薬局薬剤師の責務といえるだろう。
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