査定対象を明文化、薬局での対応変化は必至
8月29日付で社会保険診療報酬支払基金が公表した通知は、薬局業界に少なからぬ影響を与えそうだ。風邪や小児インフルエンザなど主にウイルス性疾患への抗菌薬処方について、保険請求を原則認めないとする方針を明確化したためである。
対象となる疾患は、風邪のほか小児インフルエンザ、小児気管支喘息、感冒性胃腸炎、慢性上気道炎など。これまでも同様の審査が行われていたが、東京大学などの調査で風邪診断患者の約18パーセントに抗菌薬が処方されている実態が明らかになったことを受け、医療機関への周知徹底を図る狙いがある。
薬局現場では、これらの疾患名で抗菌薬が処方された処方箋について、より慎重な対応が求められることになる。特に薬歴管理や服薬指導において、患者への説明内容の充実化が不可欠となろう。
現場医師の声が示すグレーゾーンの複雑さ
しかし、実臨床では白黒つけがたい状況があることも事実だ。耳鼻咽喉科医からは「ウイルス感染なのか細菌感染なのか、実際はグレーの場合がよくある」との指摘がある。
同医師によれば、「今の炎症の80パーセントはウイルス感染だが、残り20パーセントは細菌感染で、今後細菌感染の割合が増えていく」といった判断から、予防的に抗菌薬を処方するケースもあるという。
このような医学的判断の複雑さを踏まえ、支払基金も「他の疾患もあるなど医学的な判断があれば算定されるケースもある」としており、画一的な査定ではない姿勢を示している。
薬剤師に求められる新たな役割と責任
今回の方針により、薬剤師には従来以上に重要な役割が期待される。まず、疑義照会の質的向上である。抗菌薬が処方された際は、診断名や臨床症状から処方の妥当性を判断し、必要に応じて医師との連携を深める必要がある。
また、患者への説明においても、抗菌薬の適正使用に関する啓発がより重要となる。「抗菌薬はウイルスには効かない」という基本的な知識の浸透とともに、処方された場合の服薬コンプライアンス向上への取り組みが求められる。
薬歴記載においても、抗菌薬処方の経緯や患者の症状経過をより詳細に記録することで、継続的な薬物療法の最適化に貢献できるだろう。
国際比較で見る日本の現在地
注目すべき点として、OECD諸国との比較では、日本の抗菌薬使用量はかつてのような最悪レベルからは改善していることが挙げられる。これまでの適正使用推進の取り組みが一定の成果を上げている証左といえよう。
しかし、今回の支払基金の方針が実際にどの程度の効果を発揮するかは未知数だ。機械的に処方するケースは減少する可能性がある一方で、医師の裁量や臨床判断の幅を過度に制限することへの懸念も残る。
薬局業界への展望と課題
今回の制度変更は、薬剤師の臨床能力向上と職能拡大の好機でもある。処方箋の背景にある診断や治療方針をより深く理解し、医師との協働を通じて患者の治療成果向上に貢献することが期待される。
一方で、査定リスクを恐れる医師からの処方変更や、患者からの抗菌薬処方要求への対応など、新たな課題も生じるだろう。薬局としては、これらの状況に適切に対処するためのマニュアル整備や研修体制の充実が急務となる。
抗菌薬の適正使用推進は、薬剤耐性菌対策の観点からも極めて重要な取り組みである。薬剤師一人ひとりが制度変更の趣旨を理解し、患者・医師双方との建設的な関係構築を通じて、より質の高い薬物療法の実現に向けて歩を進めていきたい。
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