人に寄り添うAIを目指して── MG-DXが描く次世代医療サービス~株式会社MG-DX 堂前紀郎社長インタビュー
薬局DXを牽引する主要ベンダー企業のトップにインタビューし、経営理念、製品・サービスの魅力、開発姿勢などに迫る本企画。今回は、webメディアやゲームなどインターネット関連大手のサイバーエージェントのグループ会社である株式会社MG-DXで代表取締役社長を務める堂前紀郎氏にお話を伺います。
堂前 紀郎(どうまえ・のりお)
株式会社MG-DX 代表取締役社長
2003年、株式会社サイバーエージェントに新卒で入社。広告代理事業の営業職としてキャリアをスタートし、その後はメディア事業の新規立ち上げを担当。複数の子会社での事業推進や経営を経験した後、再びサイバーエージェント本体の広告代理事業部門にて事業開発を担う。2020年、医療領域に特化した子会社「株式会社MG-DX」を設立し、代表取締役社長に就任。オンライン調剤サービス「薬急便(やっきゅうびん)」を展開し、薬局業界のデジタル変革に取り組んでいる。
AIがかなえる、患者と薬局双方の利便性
――会社設立の背景をお聞かせください。
サイバーエージェントグループでは年1回、幹部が集まって経営の意思決定を行う合宿があります。ちょうど新型コロナウイルス感染症が広がり始めた2020年4月の合宿で、AI事業本部が「私たちの強みを医療に生かして社会貢献したい」と決めたことがきっかけとなり、同年、サイバーエージェントグループとして初めて医療領域に特化した子会社「株式会社MG-DX」を私が立ち上げ、代表取締役社長に就任しました。
――貴社が提供している「薬急便(やっきゅうびん)」の特徴や魅力を教えてください。
薬急便は、「薬急便モバイルオーダー」や「電子お薬手帳」など、幅広い機能を有する次世代薬局創り支援サービスです。例えば、病院で受け取った処方箋をスマートフォンで送信することで、薬局に行く前に処方箋受付が完了します。待ち状況もアプリから確認でき、自分の順番が来たという通知を見てから行けばすぐに受け取りができますし、逆に、自分のスケジュールに合わせて「この時間に取りに行きたい」と指定することも可能です。
――薬急便の中で、特に革新的なサービスにはどのようなものがありますか。
自律型対話AIロボットによる対人業務の実現ですね。薬局内で一日に何度も繰り返される「どのくらい待ちますか?」「少し外出してもいいですか?」「戻りましたが、お薬はできていますか?」といった患者さんからの質問について、これまで薬剤師が行っていた対応全般をAIロボットが行います。これにより、人手不足やクレーム対応といった問題が解消でき、さらに多言語対応やディスプレイによる文章表示で、訪日外国人や聴覚障害のある方とのコミュニケーションも円滑に行いやすくなります。
効率化だけじゃなく「心に寄り添う」薬局づくりを
――薬局とAIの親和性について、どのように考えていますか。
非常に高いと感じています。当社も設立当初は「医療領域で何かできないか」という漠然とした構想からスタートしましたが、病院よりも薬局の方がAIとの親和性が高いことを、徐々に実感していきました。東京のように医療機関へのアクセスが比較的容易な地域では、あまりオンライン診療のメリットがあるようには思えませんでした。むしろ、薬局やドラッグストアのような、より日常生活に密着した場面に、私はAI活用の可能性を感じました。患者としての立場から、薬局業務にはもっと効率化できる余地があると思っていたことも大きいです。
――実際のユーザーからはどのような反応がありましたか。
導入当初は不安げな様子だった現場の皆さんも、1週間もたてば、AIロボットをチームの一員のように受け入れてくれます。順番を待つ方が多く集まる薬局では、雰囲気が重くなったり、ピリピリしたりしてしまうこともあります。飽きてしまったお子さんが騒ぎ、空気がさらに張り詰めるような場面も珍しくありません。そんな時にロボットが話し相手になってくれると子どもも興味を持ち、「君は何を食べるの?」といった微笑ましいやり取りが生まれます。その何気ない会話で、薬局全体の空気がふっと和らぐのだそうです。「業務が楽になりました」という声をたくさん頂いていますが、それ以上に「心の安定という意味でとても助かっています」という言葉を頂戴することも多く、非常にうれしく思っています。
――サイバーエージェント社全体としては、どのようなスタンスでAI事業に取り組んでいるのでしょうか。
サイバーエージェント社としては、AI研究組織「AI Lab」を設立して当社とも共同開発を進めていますが、今後はより「人間らしさ」を追求したAIの開発に注力したいと考えています。イメージしているのは、いわゆる「トーク力」だけでなく、相手の意図をくみ取って適切に反応するような力です。とは言え、技術がこれだけ進化しても、「人間らしさ」を捉えることは本当に難しいです(笑)。
テクノロジーが医療の可能性を広げる
――MG-DX社の今後の展望や目標をお聞かせください。
現在は薬局向けに導入しているAIロボットを、2035年には全国1000万世帯、ほぼすべての高齢者世帯に普及させたいと考えています。体調が優れない時、自宅から必要な薬が注文でき、すぐに届けてもらえる──。そんな仕組みがあれば、年齢を重ねても安心して暮らせますよね。将来的には薬局機能だけでなく、ある時は見守り、ある時は話し相手、ある時は「天気がいいから散歩してきたら?」などの健康アドバイスもできるような存在として、高齢者世帯でAIロボットを活躍させたいです。スマートウォッチなどのウェアラブル機器とも連動させ、緊急時には救急要請まで可能になるとより安心でしょう。まずは有料老人ホームや特別養護老人ホームなどの施設から導入を広げ、近い将来には一般家庭にも展開していきたいと考えています。
――最後に、薬局関係者の皆さんにメッセージをお願いします。
サイバーエージェント社のパーパスは「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」。その言葉通り、病院や薬局などの現場に、希望や可能性を広げるようなソリューションを提供していく所存です。AIやロボットといったテクノロジーを、薬剤師や薬局の皆さんの力をさらに引き出す「パートナー」として活用する時代になりました。これからの展開にも、ぜひご期待ください。
(取材実施 2025年7月)
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