厚生労働省の新たな安定供給責任者設置義務化は、医薬品供給の安定性を目指す意図は理解できるものの、実際には製薬産業にさらなる負担を強いる危険性をはらんでいます。
この施策は、すでに厳しい経営環境に苦しむ製薬企業に対して、追加的な管理コストと報告義務を課すものです。現在、多くの製薬会社は採算性の低い医薬品の製造について、すでに慎重な判断を迫られています。今回の規制により、企業は欠品リスクのある製品からさらに撤退する可能性が高まり、皮肉にも医薬品の安定供給という本来の目的に逆行する結果を招く恐れがあります。
安定供給責任者制度とは
厚生労働省が提案する安定供給責任者制度は、近年頻発する医薬品の供給不安に対処するための新たな仕組みです。
制度の主な狙いは、医薬品の安定供給を確保するため、製薬企業内部に明確な責任体制を構築することにあります。具体的には、原料調達から生産、在庫管理に至るサプライチェーン全体を一元的に管理し、供給リスクを事前に察知・対応できる専門的な役職を各社に設置させることで、医薬品の欠品や供給途絶のリスクを低減させようとしています。
制度のあらましとしては、日本国内で医薬品を製造・販売するすべての製薬会社に対して、安定供給責任者の設置を義務づけます。この責任者は、以下のような役割が想定されています:
1.原料調達から生産計画、在庫管理までのサプライチェーン全体の統括
2.供給に関するリスクの早期発見と対策立案
3.出荷制限や停止の可能性が生じた際の厚生労働省への迅速な報告
4.社内の供給体制に関する定期的な点検と改善
厚生労働省は2025年の通常国会での関連法改正を目指しており、年末までに制度の詳細を詰める予定です。この背景には、近年の新型コロナウイルスやウクライナ情勢などによるグローバルサプライチェーンの混乱、原材料価格の高騰、そして特定の医薬品における度重なる供給不安などがあります。
製薬企業にとっては新たな管理コストと責任が発生する一方、医療現場や患者にとっては、より安定的な医薬品供給が期待される制度となっています。
薬価の継続的な引き下げによって既に経営を圧迫されている製薬企業にとって、新たな責任者設置は単なる形式的な負担増にすぎません。欠品を意図的に引き起こす企業は存在せず、むしろ企業は可能な限り生産ラインを維持しようと努力しています。それにもかかわらず、厚生労働省は追加的な規制と報告義務を課すことで、企業の経営判断をさらに制約しようとしているのです。
結果として、この施策は医薬品の安定供給という本来の目的とは裏腹に、製薬企業の撤退を加速させ、市場から特に採算性の低い医薬品を駆逐する可能性が高いのです。厚生労働省は、薬価の継続的な引き下げと過度な規制が、実際には医薬品供給の不安定化を招いていることを認識すべきでしょう。
comments