生成AIは医療者の仕事を奪うのか?
AI活用に関する賛否が大いに議論されています。PDXニュースでも数多くAI関連の記事を紹介してきた峯啓真氏が生成AIと医療の関わりと2024年の展望をまとめてくれました。
2023年、突如始まった生成AIの急速な進化
2023年はまさにAI、特に生成AIが急激に進化し、一部の業務ではパラダイムシフトが生まれた年でもありました。実のところAIブームが巻き起こったのは今回が始めてではありません。
第1次AIブーム(1950年代後半~1960年代)
第2次AIブーム(1980年代)
第3次AIブーム(2000年代~現在)
AIブームの区切りの仕方は諸説ありますが、大まかにまとめると現在は第3次ブームといえます。
しかし、過去のブームとは一線を画すのは、現在のAI、特に生成AIの、あきらかな人間臭さ、さらにネット時代となり単体のサービスから、社会のサービスに組み込まれている点が大きく異なります。
AIの概念は古くから存在する
AIの誕生は意外と古く、AIの概念自体は、1947年に開催された「ロンドン数学学会での講義」(Lecture to London Mathematical Society)で数学者のアラン・チューリングによって提唱されたのが始まりとされます。この当時は機械が思考したかどうかを「人との会話が成立したかどうか」で判断し、これをチューリングテストと呼ばれていました。このあたりから様々な研究者が人工知能の研究を行うようになり。1956年に開催されたダートマス会議(現在で言うところの学術集会のような発表会)の中で「Artificial Intelligence」という言葉がアメリカ人の研究者ジョン・マッカーシーによって使われ、人工知能=AIという認識が定着しました。
ただ、研究が進むにつれ当時のAIはすぐに限界を迎えます。迷路を解いたり、予め用意した会話パターンを組み合わせるだけでは人間のように創造性は得られないということがわかったのです。
現在、何をもってAIとするかというのは実は曖昧で確固たる定義はありません。マーケティング用語として「AI搭載!」と謳っていても、実際は単純なパターンマッチアルゴリズムだったりします。
チャットボットや電車の乗換案内など一定のルールが有る場合の組み合わせをアルゴリズムを使って最適な推論を行う、エキスパートシステムが第2次ブームまでの限界でした。
実は筆者は医師の問診を模したエキスパートシステムを作ったことがあります。医師の問診術はある種のパターンがあります。ただそれを工程にすると実に複雑です。例えば「タバコを吸いますか?」と聞いて「吸わない」と回答があれば設問の中から「1日に何本吸いますか?」という設問は現れないようにしないといけません。ルールベースであれこれアルゴリズム化していると大変な量になります。
それでも、初歩的な疾患名の可能性の高いものを数例例示する、ということくらいまでは出来たと思います。
ルール外の挙動は対応できないなどやはり臨床での活用は難しいのが現実でした。
生成AIの元祖は翻訳サービス
今でこそ花開いた生成AIはLLM(LLM:Large Language Model)と呼ばれる大規模言語モデルによって支えられています。そもそも、生成AIはどうやって人間からの質問に回答しているかというと、意外なご先祖様がいる事をご存知でしょうか?
LLMは大量のテキストデータで学習した自然言語の言語モデルのことで、ディープラーニング技術を用いて大量のコーパスを学習させたニューラルネットワークを模した学習済みモデルのことを指します。そして、この技術を使って実用化したのが、実は翻訳の世界です。
読者のみなさんも使ったことがあるかと思いますが「Google翻訳」や「DeepL」と呼ばれる多言語翻訳ツールは言語のコーパスを学習させて翻訳元原文の意味を理解し、対訳を出力する。従来の辞書ベースの機械翻訳では得られない人間味ある翻訳結果になっているので翻訳精度は大変向上していると感じられたことでしょう。
ChatGPTはじめとする生成AIは2023年に突然生まれたわけではなく、ご先祖は意外と身近にいたわけです。
我々医療者はAIによって職を奪われるか?
実際、米国ではChatGPTの出現から数カ月で、主要なオンラインフリーランスのコピーライターやデザイナーの仕事の数が大幅に減少したと伝えられており、当然ながら収入も激減していると言います。つまり、生成型AIは彼らの仕事を奪っているだけでなく、翻訳という彼らが行っている仕事の価値も下げているとも言えます。
Here’s what we know about generative AI’s impact on white-collar work
引用元:
Here’s what we know about generative AI’s impact on white-collar work
生成AI は高学歴な人材を代替する
マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートがなかなか辛辣です。従来AIやロボットは単純作業などの職を奪うとされていましたが、レポートによれば、生成AI は高学歴な人材を代替するとしており、特に専門職、エンジニア、教育者、クリエイターなどは代替性が高く、その実現は目の前とまで書かれています。
【結論】2024年、AIによって仕事は奪われないがタスクは奪われる
ここまでくると、2024年から医療者はAIに仕事を奪われるのか?と不安になりますが、筆者は必ずしもそうならないと考えています。筆者は、生成AIは、産業革命における蒸気エンジンに相当する発明であり、知的生産性を拡大するためのツールであると考えます。前段で翻訳者が多く職を失ったと調査がありましたが、ではその人達はどうなったのでしょうか?、座して死を待つわけもなく、新たにプロンプトエンジニアリングなどAIを使いこなす方向にシフトしました。
要は需要と供給のバランスが崩れただけで翻訳という仕事そのものが無くなったわけではないのです。
医療者が対人業務である以上、病気や怪我で苦しむ人は居るでしょう。そしてケアするのも我々の仕事です。その仕事の本質はこれからも変わりません。生成AIは道具です。道具を恐れて拒絶するのではなくスマートに使いこなしていくのがDXの本質ではないでしょうか?
年末、GoogleがGeminiを発表し、ChatGPTを超えたと大騒ぎになりました。OpenAIもこのまま黙っては居ないでしょう。2024年はより高性能な生成AIの出現と、それを活用した医療AIが本格的に出現します。
医療者の仕事は奪われませんが、タスクは確実に奪われていきます。その空いた時間をどう活かすか?、楽になったと喜んでいるだけでは、本当に仕事が無くなるかも知れません。
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