科学的根拠なき政策転換の危険性―薬局現場が直面する「アセトアミノフェン自閉症デマ」への対応

政権発表の内容と科学的根拠との乖離
トランプ大統領は9月22日、妊娠中のアセトアミノフェン使用が自閉症リスクを大きく高める可能性があると発表し、FDA（食品医薬品局）が医師に通知を出すと述べた。しかし、この発表は科学的コンセンサスと大きく乖離している。
最新のJAMA誌に掲載された大規模研究では、アセトアミノフェンの妊娠中使用は子どもの自閉症、ADHD、知的障害のリスクと関連していないことが示されている。この研究結果は他の堅実な研究とも一致しており、妊娠中のアセトアミノフェン使用と自閉症、ADHD、知的障害との関連性は認められていない。
一方で、妊娠中のアセトアミノフェン（タイレノールなど）への曝露は、神経発達障害のリスクを高める可能性があるとする研究もいくつか示唆されている。しかし、現在の科学的証拠によると、子宮内でのアセトアミノフェン曝露が臨床的に重要なADHDや自閉症のリスク増加をもたらす可能性は低いとされている。

ケネディ厚生長官の反医療政策
今回の発表の背景には、ロバート・F・ケネディ・Jr厚生長官の反ワクチン・反医療的な姿勢がある。ケネディ氏は「自閉症のまん延が深刻化している」「防げる病だ」と主張し、環境的要因を強調してきた。
しかし、自閉症診断数の増加には複数の要因が関与している。米国では2013年に自閉症の診断基準が変更されており、早期診断プログラムがある地域で特に診断が多いことが報告されている。診断基準の変更や啓発活動の拡大が診断数増加の主要因であり、特定の薬物との因果関係を示すものではない。

薬局現場への影響と対応策
患者からの相談急増への準備
今回の米国政府発表により、薬局では妊娠中の患者やその家族からアセトアミノフェン製剤に関する相談が発生することが予想される。薬剤師は科学的根拠に基づいた正確な情報提供を行う必要がある。

医療従事者の責任と情報リテラシー
エビデンスベースの判断
製薬企業ジョンソン・エンド・ジョンソンの子会社であるケンビュー社は声明で、「独立した、しっかりした科学はアセトアミノフェンの服用が自閉症を起こすことはないと明確に示している」と反論している。薬剤師は政治的な発言に惑わされることなく、査読済み論文や医学的ガイドラインに基づいた判断を行うべきである。

患者の不安軽減
政府発表により不安を抱く患者に対しては、感情的にならず冷静に科学的事実を伝えることが重要である。同時に、患者の心配を軽視せず、十分な時間をかけて説明することで信頼関係を維持する必要がある。

今後の展望と課題
政策の継続性への懸念
トランプ政権下では「米国を再び健康に（MAHA）」のスローガンのもと、ワクチン政策の見直しや合成着色料、フッ素化合物の規制など、科学的根拠が不十分な政策が次々と打ち出される可能性がある。医療従事者は政治的な発言と科学的事実を明確に区別し、患者に正確な情報を提供し続ける責任がある。

国際的な影響
米国の政策は日本の医療政策や患者の意識にも影響を与える可能性がある。薬剤師は国際的な動向を注視しつつ、日本の医療ガイドラインや添付文書に基づいた適切な服薬指導を継続することが重要である。

今回のトランプ政権による発表は、科学的根拠よりも政治的思惑が優先された典型例といえる。薬剤師は患者の健康を守る専門職として、政治的な発言に惑わされることなく、査読済み研究や医学的ガイドラインに基づいた情報提供を行う必要がある。特に妊娠中の患者に対しては、発熱の危険性と薬物使用のリスク・ベネフィットを適切に評価し、医師との連携のもとで最適な治療選択をサポートすることが求められる。
医療デマが政府レベルで発信される時代において、薬剤師の科学的判断力と患者への適切な情報提供能力がこれまで以上に重要な役割を果たすことになるだろう。