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薬局DXニュース解説

2025.05.28

コロナ禍で浮き彫りになった「もう一つのパンデミック」―情報災害が奪った命の教訓

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デマや偏見が引き起こした深刻な二次被害——82%が虚偽情報という衝撃の実態

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが世界を襲った2020年、私たちは二つの危機に直面していた。一つはウイルスそのものによる健康被害、そしてもう一つは「インフォデミック」と呼ばれる情報災害である。

このインフォデミックの実態を明らかにした重要な研究が、バングラデシュの国際下痢症研究センター(icddr,b)とオーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の国際研究チームによって発表された。研究チームは2019年12月31日から2020年4月5日までの期間、世界87カ国から25言語で報告された2,311件のデマ、偏見、陰謀論を詳細に分析した。その結果は、私たちの想像を超える深刻さを物語っている。

虚偽情報の8割強が人命に関わる危険な内容

調査で最も衝撃的だったのは、検証可能な2,276件の情報のうち、実に82%にあたる1,856件が完全に虚偽だったという事実である。これらの偽情報は以下のように分類された。

・病気・感染・死亡に関するもの:24%
・感染対策に関するもの:21%
・治療・治癒に関するもの:19%
・感染源・起源に関するもの:15%
・暴力に関するもの:1%
・その他:20%

特に深刻だったのは、治療に関する偽情報である。「高濃度アルコールの摂取でウイルスを殺菌できる」「漂白剤を飲むことで免疫力が向上する」といった危険極まりない「治療法」が世界中で拡散された。

デマが奪った実際の人命
この偽情報による被害は理論上のものではない。研究によると、メタノール(工業用アルコール)をコロナの治療薬として飲んだ結果、約800人が死亡し、5,876人が入院、60人が完全失明するという悲劇が発生した。トルコでは30人、インドでは12人(うち5人が児童)が偽の治療法により健康被害を受けた。

韓国では、教会で塩水スプレーを信者の口に直接噴射する「予防法」により、100人以上の感染者が発生した。汚染されたスプレーボトルを使い回したことが原因だった。

ソーシャルメディアが増幅した差別と偏見
研究では182件の陰謀論と82件の差別・偏見事例も確認された。特に深刻だったのは、アジア系住民に対する人種差別である。「中国ウイルス」「武漢ウイルス」といった呼称が高官レベルで使用され、それが一般市民の差別意識を正当化する結果となった。

オーストラリアでは、中国系の医療従事者が患者から「握手はやめておこう、コロナウイルスを持っているかもしれないから」と侮辱的な発言を受けた。ウクライナでは、武漢から避難した82人を乗せたバスに地元住民が石を投げつける事件も発生した。

医療システムへの深刻な影響
偽情報の影響は個人レベルにとどまらず、医療システム全体を脅かした。差別を恐れた患者が症状や接触歴を隠して病院を受診したため、十分な感染対策を取れずに院内感染が拡大したケースが南アジアで報告された。

また、「完全封鎖」のデマにより世界各地でパニック買いが発生し、マスクや手指消毒剤といった感染対策用品が品薄となり、医療機関や一般家庭での感染対策に支障をきたした。

なぜ人々はデマを信じるのか
研究チームが注目したのは、公衆衛生上の緊急事態において、人々が科学的情報よりもデマや陰謀論を選択しがちになるという現象である。台湾ファクトチェックセンターの編集長が指摘したように、「パンデミック中、人々は陰謀論を好む傾向がある。なぜ正確な科学的情報を信じることを選ばないのか」という疑問は、この研究の核心を突いている。

ストレスが高まる緊急事態では、人々は不安を和らげる情報を求める傾向があり、それが科学的根拠に乏しくても魅力的に映る「簡単な解決策」への需要を生み出す。

デジタル時代の情報戦略への教訓
この研究が提起する最も重要な教訓は、現代のパンデミック対策において情報統制が医療対策と同等に重要だということである。Facebook、X、Instagram、オンラインメディアといったプラットフォームは、デマの拡散源であると同時に、正確な情報発信の重要なチャネルでもある。
研究チームは、政府や国際保健機関に対し以下の対策を提言している。

1. リアルタイムでの偽情報監視システムの構築
2. 科学的根拠に基づいた文脈に適した情報発信
3. ソーシャルメディア企業との連携強化
4. 地域コミュニティとの協力による偽情報対策

次のパンデミックへの備え
COVID-19のインフォデミックは、感染症対策における情報戦略の重要性を浮き彫りにした。過去のエボラ出血熱、SARS、ジカ熱でも同様の情報災害が発生していたことを考えると、これは新型コロナ特有の問題ではなく、現代社会が抱える構造的課題である。

次のパンデミックに備えるためには、ワクチンや治療薬の開発と並行して、デジタル時代に適した情報統制システムの構築が不可欠である。それは単に偽情報を削除することではなく、人々が科学的根拠に基づいた判断を下せるような情報環境を整備することを意味する。

医療技術の進歩だけでは、パンデミックを乗り越えることはできない。情報技術を活用した包括的な対策こそが、次の危機から私たちを守る鍵となるだろう。
COVID-19パンデミック中には、噂やスティグマ、陰謀論といった「インフォデミック」が多発しました。これらをリアルタイムで把握するためには、SNSデータの監視が最も効果的とされており、誤情報の打ち消しやスティグマの軽減にもつながる可能性があります。しかし、これらの情報を即座に検出・評価・対応するのは困難です。 本研究では、2019年12月31日から2020年4月5日にかけて、ファクトチェック機関のウェブサイト、Facebook、Twitter、オンライン新聞などを通じて、COVID-19関連の噂、スティグマ、陰謀論の内容とその公衆衛生への影響を調査・分析しました。その結果、87か国・25言語で2,311件の報告が確認されました。 内容の内訳は、病気・感染経路・致死率に関するもの(24%)、感染対策(21%)、治療・治癒(19%)、病因や起源(15%)、暴力(1%)、その他(20%)でした。そのうち82%(1,856件)が誤情報と判定されました。 誤情報は、個人や地域社会に深刻な影響を及ぼす可能性があり、根拠に基づく対策を妨げかねません。公衆衛生機関は、リアルタイムでの誤情報追跡と、地域社会や政府との協働による是正が求められます。
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