病床機能分化の現状と政府の意図
日本の病床機能は、従来の「急性期」と「療養」という二分構造から大きく変化している。政府が推進する地域包括ケアシステムでは、新たに「回復期リハビリテーション」という概念が導入された。これは、急性期治療後の患者に対して積極的なリハビリテーションを提供し、在宅復帰を促進する病床機能である。
政府の基本方針は明確である。急性期病床から回復期病床への移行を促進し、従来の慢性期(療養)病床を削減する。その受け皿として想定されているのが介護施設、特に「介護医療院」である。これらの施設は「終の棲家」としての役割を担うことが期待されている。
しかし、現実は理想通りには進んでいない。回復期病床の整備は計画を下回っており、医療機関側の急性期病床への固執や、民間病院の経営的な理由が背景にある。このため、政府は地域包括ケア病棟の拡充や在宅復帰率の設定により、間接的に誘導を図っている。
医療費負担の実態
「高齢者医療費の負担」という議論でしばしば見落とされるのは、医療費の実態である。日本人の生涯医療費は約2,755万円とされているが、このうち約2,300万円は医療保険によってカバーされている。しかし、これは決して一方的な「仕送り」ではない。
医療費の支払い構造を詳しく見ると、30代までの社会保険料は小児期に使用した医療費の返済的な性格を持つ。その後、一時的に支払い超過の状態になるが、70代前半で積算負担額を積算医療費が上回る構造になっている。つまり、多くの国民は結果的に支払った分以上の医療費を使用することになる。
終末期医療費自己負担の限界
仮に終末期医療を自己負担とした場合、医療費全体への影響は限定的である。なぜなら、医療費の大部分は終末期ではなく、治療可能な疾患への対応に使われているからである。60代までに亡くなる患者の多くは高度医療を必要とし、これらの患者も支払い分以上の医療費を使用する傾向がある。
医療費を劇的に削減するためには、高度医療への公的保険適用を制限するか、民間保険への移行を促進するしかない。しかし、アメリカという先行モデルを見ると、医療費はGDPの18%と日本の2倍以上に達し、平均寿命はG7中最下位となっている。所得格差による健康格差も深刻で、所得下位10%の層では健康寿命・平均寿命ともに10年以上短くなっている。
医療従事者ができること
この問題を解決するためには、医療提供体制の各段階での適切な機能分化が必要である。急性期病院は適切なタイミングでの転院を促進し、回復期病床は在宅復帰に向けた積極的なリハビリテーションを提供する。そして、慢性期・終末期については、介護施設との連携を強化する必要がある。
重要なのは、患者・家族の希望に応じた無制限の入院継続を避け、適切な病床機能に応じた治療・ケアを提供することである。これには、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の普及と、多職種連携による包括的なケア提供が不可欠である。
終末期医療費の自己負担論は、表面的には医療費抑制策として魅力的に見えるかもしれない。しかし、その効果は限定的であり、むしろ医療アクセスの格差を拡大する可能性が高い。医療従事者として重要なのは、現行制度の中でいかに効率的で質の高い医療を提供し、患者の尊厳を保ちながら適切な終末期ケアを実現するかである。
病床機能分化、診療報酬・介護報酬制度、そして患者・家族との合意形成。これらの要素を総合的に理解し、地域包括ケアシステムの中での自らの役割を明確にすることが、今後の医療提供において最も重要な課題となるだろう。
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